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祖父の家  (2026年1月・静岡)





2026年1月20日(火)- 3月15日(日) 【予約制】


静岡県の袋井市にある祖父の家で個展を開催します。新作や旧作、家族の縁のあるものなどを祖父の家の空間と交えて、私の生い立ちを辿るような展示をします。予約制となりますので、メールにてお問い合わせください。また同時期に開催の静岡県立美術館のグループ展にも参加していますので、是非ご一緒にお楽しみいただければ幸いです。

◾️ご予約はこちらまで
︎info@kadota.art





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家の中に入るのは17年ぶりだったように思う。当時の生活の面影がまだ所々に残る屋内には、正午前の柔らかな日差しが窓から注ぎ込んでいた。伯父さんが亡くなり、久しぶりの帰郷をする。かつて家の入り口に蒼く繁っていた立派な松の木は無くなってしまっていた。数年前に、松食い虫の食害で枯れてしまったそうで、根株を寂し気に残すのみとなっていた。9才の頃から18になり上京するまで、私はこの祖父の家で過ごした。海のそばの、幼少の頃からの様々な思い出が詰まった場所で、よく遊んでいた砂浜、倒れていたクスノキ、無邪気に駆け巡っていた田畑や町並み。歳月の中で、もちろん多くのものが変わり、無くなりもしていたのだが、家屋はまだ凛としてそこ佇んでいた。

墓参りを終えて、ふらりと立ち寄った海は珍しく穏やかだった。記憶の中では、荒く大きな波が打ち寄せて、子供の頃はとても泳ぐことなど考えられなかったのだが、潮の流れが変わったためなのか、最近では知る人ぞ知るサーフスポットなのだという。整備された漁港の岸壁では、のどかに釣りを楽しむ人たちの姿も並んでいた。かつて日常を隔てる象徴のように続いていた海岸沿いの防風林も疎林化が進んでいて、それに代わるように堤防が新たに造成され、浜の景観も随分と違う印象になっていた。幼い日には、いつまでも続くように見えた景色も、時の畝りの中で逆らえない現実や変化があって、それは生きていく上で避けられない出来事や、受け止めなければならない事も決して少なくないということを、故郷の海は改めて静かに伝えてくれているような気がした。

後日、少年時代を共に過ごした幼馴染たちと再会を果たすことができ昔話に花を咲かせた。帰り際に、A君が庭になっていたレモンをお土産としてくれた。淡い黄色の丸みを帯びた品種で、ハイボールに最高に合うからと彼が勧めた通り、酸味は少なめの喉越しの優しいものだった。清涼に広がる柑橘の香りが長い年月の隔たりをそっと埋めてくれたり、空白の時間が他愛もないものの掛け替え無さに気付かせてくれることもある。家の前の枯れてしまった松も、何かの洗礼のように、過ぎ去った時の厚みを無言の中で私に告げる。もしかすると「本当に色褪せないものは、いつも見えない場所にあるのだよ」という、変わり者だった祖父の、あるいは祖先達からの、回りくどい言付けなのかもしれない。

2025年12月 門田光雅

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