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Dissolving Horizons


GOCA by Garde(2026年5月・New York)









多にして一
絵画の地殻変動



GOCA by Garde キュレーター
一ノ瀬健太

20世紀半ば、ニューヨークは絵画史の重力そのものを変えた。ジャクソン・ポロックのオールオーヴァーな滴画、バーネット・ニューマンの崇高なカラーフィールド、そしてヘレン・フランケンサーラーのステイニング技法は、ルネサンス以降の西洋絵画を支配していた「図」と「地」のヒエラルキーを根本から解体した。クレメント・グリーンバーグに代表されるフォーマリズム的読解の文脈において、これらは絵画を「再現性」から解放し、純粋な平面性とメディウムの自律性を獲得させる極致として位置づけられてきた。しかし歴史的に見れば、その到達点は同時に、一神教的文化圏に特有の「絶対的な自己」と「対峙する世界」という、二元論的緊張関係が生んだひとつの極北でもあった。

この歴史的命題に対し、20年以上にわたって絵画の限界を拡張し続けてきた画家・門田光雅は、東洋的な精神性と独自の身体技法をもって、まったく異なるベクトルからの応答を試みている。門田の絵画において特筆すべきは、西洋的な「自己」と「他者」、「人間」と「自然」を切り離す境界線の不在である。万物は連鎖し、境界なく神性が宿るとする日本的な多神教的・アニミズム的な感性——この非二元論的な視座こそが、彼の画面における「地と図の融解」を根底から駆動している。同時に門田は、自然科学や数学的思考をも真理への重要な手がかりとして取り込んでおり、東洋的直観のみに閉じることなく、複数の知の系譜を横断する姿勢を一貫して保持してきた。この多層的な探求こそが、絵画表現の限界をたえず押し広げてきた原動力である。

この命題は、門田の制作プロセスそのものによって生々しく物質化されてきた。初期のステイニングから出発した門田は、やがてアクリル絵具にカーボランダム(研磨剤)や砂といった異物を混入させ、幾層にも厚く塗り重ねた絵肌をヘラやスキージで「掘り起こす」という、独自の身体的実践へと到達する。一度置かれたストロークの上から、それを打ち消すように別のストロークが覆い被さる。描くことと消すこと、堆積と剥離が同一の身振りに統合される——それは、朽ちるものと生まれるものが絶えず入り混じる自然の摂理そのものを、絵画の身体として召喚する所作にほかならない。画面はもはや平滑な「描画面」ではなく、地殻のごとき物質の場として立ち現れる。こうした強靭な身体労働の果てに、画面上の「図」は求心力を失い、「地」と分かち難く一体化した豊穣な空間が現前する。門田はこの状態を「グレーゾーン」と呼ぶが——2010年にはこの概念を冠した個展「GRAY ZONE」を開催しており、本作家にとっての重要な通奏低音であることが確認できる——それは決して灰色一色の中庸を意味しない。むしろ、緋色、コバルト、エメラルド、レモンイエローといった官能的な色彩が画面のうえで激しく交錯しながら、それでもなお互いを排除しないという、奇跡的な共存状態を指している。あるコレクターは門田の絵画を前にして、「ポリクロマティック(多色)でありながら、ひとつのクロマティック(単色)のように立ち現れる」と評したという。多と一が同時に成立し、無数の差異がひとつの呼吸へと束ねられる——この逆説的な視覚経験こそが、門田の色彩世界の核心であり、彼の「グレーゾーン」が指し示す領野にほかならない。

アメリカ抽象表現主義がメディウムの純粋性や視覚性(オプティカリティ)へと収斂していったのに対し、門田の絵画はむしろその反対方向へと向かう。物質はますます重く、ますます生々しくなり、画家の身体労働の痕跡は隠蔽されない。多量の絵具のうねりや、重なり合う色彩の軋轢は、色彩と筆致に翻訳された作家自身の個人的な記憶や感情の堆積——いわば日記のように積み重ねられた内面の地層——であると同時に、現代社会が抱える分断や不寛容といったジレンマの可視化でもある。しかし、その奔流の底には東洋的な「気」の流れにも似た静謐さが共存しており、押し寄せる自然のエネルギーに抗うのではなく、その力を自らの身体に通し、絵画の構造そのものへと昇華させるプロセスが見て取れる。

ポロックがカンヴァス上に解放したのが「無意識」であったとすれば、門田が掘り起こすのは、世界そのものに内在する関係性の網目である。その絵画は、近代以降の絵画が前提としてきた「見るもの」と「見られるもの」の分離を疑い、両者が一つの場のうちで震えあい、互いを生成し合うような知覚の様態を提示する。それは抽象表現主義への批評であると同時に、その遺産への深い敬意の表明でもある。門田光雅は、抽象表現主義という西洋近代の系譜を真正面から受け止めつつ、東洋の多神教的・非二元論的な視座、そして自然科学や数学を含む複数の知の地平から、「抽象絵画」の次なる可能性を提示している。

その絵画は、図と地、東洋と西洋、過去と未来、理性と直観——そのいずれにも属さず、いずれをも包み込み、観る者を二元論の彼方へと誘う、ひらかれた扉である。






























Art Book



Dissolving Horizons


発行 : GOCA by Garde
発行日 : 2026年5月
テキスト: 一ノ瀬健太 | GOCA by Garde キュレーター

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